2006/06/25

2006.6.25 -1375 「不動産取得税の話 ~税務署はやさしい?~」
 12月に風流家を手に入れてから、6ヶ月以上経ちました。移転登記をお願いした司法書士のセンセイは「3~4ヶ月すると県から税金の通知が来ます。それまでは、何もしなくていいです。」と言っていました。税率は3%なので、評価額が売価格の半分程度とすれば、「10万円くらいかな?」と思っていました。
 ところが、半年経っても県からは何も連絡がありません。税金を払いたいと言うわけではありませんが、通知を出しているのに届いていないのなら大変だと、だんだん心配になってきました。そこで、館山県税事務所に電話したら、「早くて半年、9ヶ月くらいしてから通知される人も多い。」とのこと。で、先週東京に戻ったら、県税事務所から通知がきていました。1ヵ月後に課税される額が示されていました。納付期限は7月31日。金額は8万円台でした。
 「思ったより安かったな。」と思いましたが(評価額が土地・建物ともに180万円台でしたが、土地は税額が半分減額されていました!)、同封されていた案内を見ると、中古物件でも築25年以内なら100万円まで控除されるとのこと。180万円なら、180-1000=-820となり、戻ってくる!なんてことはないが、建物の税金はゼロかな?
 ということで、さっそく館山県税事務所に再び問い合わせの電話をして見ると「条件は合っているので、必要な書類が揃えば軽減申請ができる」とのこと。電話に出てくれた安田さんは、とても親切で丁寧な説明をしてくれたので、翌日、安田さんを訪ねて館山県税事務所に言ってきました。
 書類は、ローンを組むときにそろえた書類が使えたので、問題ありませんでした。安田さんが対応してくれたので、再度事情を説明する必要もなく、スムーズに手続きが終わり、計算してくれた結果、“税額ゼロ”とのこと。土地の取得税もタダになりました!
 県職員の方とは、日ごろお付き合いがあるので、それほど緊張しなかったのですが、「国の役人である税務署はともかく、県税事務所のスタッフはやさしい!相談してみるものだ。」というのが教訓となりました。

2006/06/22

2006.6.22 -1378 「客砂の正体は?~海の家の土台でした~」
 何で砂を?...と思っていたら、いろいろな資材が運び込まれてきて...丸太が掘建てられて、海の家の骨組みが出来てきました。
 わざわざ砂の土台を作ったのは、海の家の下を平らにするためだったんですね。どうも駐車場の下は、ずらりと海の家が並びそうです。いまどき海の家がまだ建つとは、想像もしていませんでした。ということは、海水浴シーズンは混雑するんでしょうね。
 幸い、我がプライベートビーチの方には、海の家は建たないようなのでほっとしています。

2006/06/15

2006.6.15 -1385 「客砂!?なんでそんなことするのかなぁ~」
 昨日の朝、海岸の遠くの方に重機が置いてありました。「ゴミを埋めるために穴でも掘っているのかなぁ。」くらいに思っていたら、今朝駐車場の下にホイールローダとユンボがあり、砂が山になっていました。穴はありません。ということは、砂をどこからか持ってきたのだと思います。
 浜掃除をしてきれいになったのに、わざわざ別のところから砂を持ってきて、砂浜を新しい砂でカバーするなんて!もったいない話です。海水浴シーズンを前に町の予算でやっていることだと思います。
 私のプライベートビーチ(?勝手にそう思っている場所)は、そんなことをしなくても十分にきれいです。砂浜に続く植物群落の中に、道行く人?が捨てたゴミが散らかっているくらいです。
 ゴミを拾い始めた頃は、ジャン・ジオノの「木を植えた人」のように、木は植えれば森になるけれど、ゴミは拾っても拾ってもなくならないので、こんなことやっても無駄では?と思ったときもありました。でも、2ヶ月続けてみたら確実にゴミは減りました。
 客砂(客土と言う言葉があるので)してゴミを隠すより、ゴミは拾ったほうが本質的にきれいになるような気がしますが。金に物言わせる町のやり方は、千葉県一金のない自治体らしからぬものでしょう。金がないなら頭を使うか体を使うのが良いと思いますが...なんでそんなことするのかなぁ。

2006/06/13

2006.6.12 -1388 「アンモナイト ~何もない?~」
 先週のハイキングについて書かなかったので、遅ればせながら一言。
 梅雨入り前に鋸山に行っておこうと思っていたのですが、6月3日(土)は朝から良く晴れたので、7時半に出発しました。
 保田駅から鋸山登山口(林道口)まで4.6km。林道元名金谷線を進みます。途中までは舗装道路ですが、採石場跡から先は雨の日は道が川になるような砂利道になります。
 人通り(人気?)の全くない道ですが、初めて出会った(採石場跡で工事をしていた)人から「アンモナイトでも堀りに来たんか?」と聞かれ「違います、鋸山に行くんです。」と言ったら変な顔をしていました。どうやら、このルートで鋸山に行く人はほとんどいないようです。
 アンモナイト?そういえば、小学生の時、臨海学校で富浦に来たら、おみあげに貝か何かの化石を売っていたような記憶が蘇ってきました。周りを見れば砂岩が風化してゴロゴロ落ちています。もしかしたら、化石があるかも?と、2・3個石を転がしてみましたが、何も出てきません。
 アンモナイト?アーンモナイ...「あーんもない」は、房州弁で「何にもない」こと。
 鋸山登山については、もう一度登った時に報告しますが、みんなが知っている鋸山(ロープウェイ山頂)は、鋸山山頂とは全く別な場所だということを初めて知りました。山頂~見晴台を過ぎてから、道に迷って肝腎の石切り場を見ずに浜金谷へ下りてしまったので、もう一度引き返すことになってしまいました。結局、20km以上歩いたと思います。
 石切り場の手前(少し山手)で、ハンマーを持っている若者がいました。バイクで上ってきたようです。おそらく、この人こそアンモナイトを探しに来たのでしょう。
 そこで一言。「あーんもない...よ!」

2006/06/12

2006.6.11 -1389 「全山カニの巣!?~大黒山はすばらしい!~」
 先週の鋸山(縦走?)に続いて、土曜日に水仙ロードから勝山に下りました。水仙ロードは、何と言うことのない舗装道路で、水仙の時期以外はハイキングには適していません。それでも、江月という集落が終わり、佐久間方面へ下る道は多少山の中を歩く雰囲気があります。しかし、その山道も佐久間のかなり山に寄ったところに出るので、そこから勝山港までの道のりの遠いこと。広いバイパス道路を歩くのは、なんとも興醒めでした。
 それでも、港に出てからの海の風景は、まさに絶景。そして港から見上げると、山の上に何やらお城のような建物がありました。少し歩くと“大黒山展望台入口”の道標を見つけました。急な階段を登っていくと、ガサガサという音が絶えず聞こえてきます。「蛇にしては、少し硬い音だなぁ。」と思いながら、これだけ多くの蛇がいるというのも変だと、音源を探ってみると...大きな弁慶ガニが木の葉の間を巣穴の方へ逃げていくところでした。よく見ると土にはボコボコに穴が開いています。これ全部カニの巣?大黒山そのものが巨大なカニの巣なんですね。
 5分ほどで、頂上へ。お城のような建物は展望台でした。平成3年に勝山城を模して建てたそうです。上から見下ろす勝山~大六~保田は最高でした。これで晴れていたら、伊豆大島から横浜(は、ちょっとオーバー?観音崎くらい)まで丸見えです。本当に水平線が丸く見え、180度は海が広がっています。
 シーサイドビューは、鋸山より大黒山がおすすめです。安房勝山駅から港へ出て、そこから10分で着く大黒山からを大六海岸を経由して保田に至る道は、散歩コースとして絶対のお勧めです。(途中に菱川師宣記念館や漁協直営の食堂“ばんや”があります。)
 しかし、赤いハサミの弁慶ガニが苦手な人は、ガサゴソしている方を見ないことが条件ですよ。

2006/06/09

2006.6.8 -1392 「どぶ板が...」
 仕事から帰ったら、風流家に接している町道側のどぶ板が新品に変わっていました。そういえば、数日前から、どぶ板が壊れて穴が開いている所に赤いコーンが2本立っていました。「危険箇所」ということで、町が設置したんだなと思っていました。
 でも、こんなに早く直してくれるとは思ってもいませんでした。
 実は、4月6日に転入届を出したついでに、町の土木課に寄って「どぶ板が壊れていて危険だから直してほしい。」と要望したときのこと。「そういう要望は何百とあるので、すぐにどうこうしろと言っても無理。早く何とかしたいのなら、自分で直して町に寄付しろ。だいたいこういうことは、(本郷浜)区長を通じて言うものだ。」と言われビックリしました。そのことは、ブログに書きました。「嫌な町に来てしまったなぁ。」という感想を持ったことも確かです。
 ところが、5月末に鋸南町の産業振興課長さんと、ある会合でお会いして名刺を交換しました。「いっそのこと、その課長さんにお願いして、むき出しになった側溝を塞いでもらおうかな?」と考えていた矢先の出来事だったので、赤いコーンが立った時に「もしかしたら...」と思いましたが、すぐに直してくれたところを見ると、その課長さんが私の家を見に来たのかも?
 そんな想像もしてしまうような、思いがけない結果でした。でも、危険極まりない状況がとりあえず改善したので、結果オーライと言うことにしましょう。それとも、課長さんにお礼の手紙でも書きましょうか?

2006/05/31

2006.5.30 -1401 「ゴミ・ゼロの日~その跡は?~」
 5月30日は、ゴミ・ゼロの日。県内各地で直近の週末を一斉清掃日と定めています。鋸南町も27日(土)をその日にしていましたが、私は東京に行っていたので、その行事には参加しませんでした。土曜日は天気が悪かったので、日曜日(28日)に順延したかもしれません。
 朝、海岸へ行ってみたら、期待していたほどきれいになっていません。週末の荒れ模様で、またゴミが打ち上げられてしまったのかもしれません。それでも、良く見るとブルドーザーの入った(キャタピラーの)跡がついています。
 ということは、...もしかしたら、集めたゴミを砂の中に埋めてしまったのかも?(トラックの)タイヤの跡はありませんから、海岸から運び出したとは思えません。それに、キャタピラーの跡だけでなく、前についているバケットで平らにならしたような跡がついているので、ますます作業内容を確信してしまいました。嫌だなぁ...
 荒れ模様の爪痕なのか、浜には少し大きめな砂利と一緒に小さなイワシ(背黒イワシ?カタクチイワシ?)が大量に打ち上げられていました。それを、鳶がつついて食べています。その数は、何羽ではなく、何十羽の単位でした。何千何万というイワシの死骸も、すぐになくなってしまうに違いありません。(もしかしたら、近所の人も拾いに来ていたりして...?)
 後始末としては、鳶の方が上手ですね。

2006/05/27

2006.5.26 -1405 「東京に戻ってくれば濡れ落ち葉~さも、有り南無~」
 25日に千葉(市内)へ出張したので、その足で東京に戻りました。深夜の帰宅で、酒に酔っていたので、そのまま沈没!そして、朝からゴロゴロ。やっぱり濡れ落ち葉になってしまいました。
 なんで独りでいるとあんなに家で働くのに、妻がいると何もやらないのでしょうか?今まで、ずっと何もやらなかったので、そんな疑問も感じなかったのですが、家に帰ると生きる力が湧いてこないんです。つまり、今までの家は“帰って休む処”以外の何ものでもなかったのでは?
 確かに疲れていることも事実です。が、先週末だって相当疲れていたのに、日曜日(21日)は、自分でも感心するくらい働きました。やはり、家に帰ると女房に甘えてしまうんですね。
 今までは、濡れ落ち葉が乾かないうちに、月曜日の仕事に行っていたような気がします。これでは、すぐに腐ってしまいます。動いて風に当って、自分を乾かして、爽やかな気持ちで仕事に向かいたいものです。

2006/05/23

2006.5.22 -1409 「冷蔵庫をゲットしました~で、何入れる?~」
 インターネットオークションで冷蔵庫を手に入れようとしたのですが、なかなか落札できませんでした。手に入らないと欲しくなるのが人情です。
 でも、なんで冷蔵庫が欲しいんでしょうか?「その日に食べきれない、腐りやすいものは買えない。」ので、「冷蔵庫があれば、好きなものが食べられる」というのが購入動機でした。が、一ヶ月以上冷蔵庫なしで暮らすと、だんだんその理由も曖昧(希薄?)になって...「ものを腐らせないで食べきる工夫」もまた一興と思い始めました。ちょうどそんな時に、職場のスタッフから「実家に学生が置いていった小さな冷蔵庫があるので持って来ましょうか?」と声をかけられ、思わず「すまないねぇ。」の一言。それで決まり!容量120ℓの2ドア冷蔵庫をゲットしました。(冷蔵庫の電気代で、外で好きなものを食べられるかも?)
 スタッフが職場まで持ってきてくれたので、職場からは、ライトバンの荷物室に入れて運びました。入れるときに手伝ってもらうと、居南無 風流家で一人で降ろせないと困るので、スタッフのいないときに一人でチャレンジしました。なんとか入ったのですが、車から降ろして部屋に入れるときは,少し難儀しました。やはり、狭いところでは、力だけでなく気も使うものですね。
 横にして運んだ(冷蔵庫は横にして運ぶのは厳禁!です)ので、ガスが落ち着くまでは電源を入れないようにしようと思い、逸る心を抑えて掃除に専念しました。おかげで,新品同様に磨き上げることができました。
 今夜は、試運転です。まず、何を入れようか?と、考えましたが、やはり商売柄“牛乳”にします。スーパーで今まで買えなかった1ℓのパック入り牛乳を買って帰ります。

2006/05/22

2006.5.21 -1410 「yayoi の手形が! ~今まで気がつかなかったこと~」
 5月の週末は、東京に帰る予定だったのですが、土曜日の夜、千葉から東京に向かう電車に乗る気が起きず、保田に戻りました。
 朝起きて、保田にいて大正解!久しぶりの好天です。さっそく布団を干して、外に出ました。鋸山に向かって歩きましたが、日本寺の山門のところで引き返し、帰りは海岸を家まで歩きました。約6km、90分の散歩でした。
 洗濯物を干してから、自転車で買い物です。スーパーまで10分。昼間の買い物は自転車で十分です。まぁ、晴れていれば(雨が降っていなければ)という条件付ですが。
 昼に食事をしてからは、家の周りの草取りをしました。小さな鎌を買ってきたので、作業は順調に進みました。と、水栓の周りのコンクリートのたたきに小さな手形が押してあるのを発見!前のオーナーがコンクリートをうったことは、出来の悪さからも一目瞭然なので、この建物を別荘として建てた15年前からそう遠くない時期に、子供が記念に押したのでしょう。
 などと思いを巡らせながら眺めていたら、手形の上に“yayoi”の文字が刻まれているではありませんか!私の子供の名前が、実は“弥生”です。偶然の一致ではありますが、ちょっと複雑な気持ちがしました。
 外の水栓は、今まで何度も使っていましたが、これまで手形とサインには全く気がつきませんでした。小さい時は両親に連れられて、何度もこの地を訪れたに違いありません。時が経ち、足が遠のいた別荘。そこが、今の私の居場所です。女房は何度か来ましたが、子供は一度も来ていません。
 そう言えば、玄関ドアの銅線で作った“101-1”は、もう錆びていて、何年も前からそこにあるような貫禄になってしまいました。海で拾った緑色のウニの殻はいまだに健在ですが、「なんで、こんなものがここに付いているのか?」そのうち、誰もわからなくなってしまうのでしょうね。

2006/05/14

2006.5.14 -1417 「有南無は51歳になりました~目と歯と...がボロボロ~」
 またまた東京に帰っております。連休中に歯が取れてしまい、毎週土曜日に東京の(行きつけの)歯科に通院することになりました。
 今日は、私、有南無の51歳の誕生日。かつ、母の日。でも、一日女房と二人きりでした。二人だけなら、却って楽しいのでは?と、少し思うこと(期待)もありましたが、何ということもなく一日が終わりました。
 目と歯が悪くなったのは、本当に残念ですが、気がついたらパワー減退!もう、男じゃない!?実は、今日フリマの会場まで自転車で行ったのですが、それだけで疲れてしまいました。買ったのは、居南無 風流家で使えるもので、JALの機内にあるスリッパだけ。(2足に豚のぬいぐるみを合わせて80円!)残念ながら、鍋は出ていませんでした。
 息子の初任給で、鍋かケーキ用のボールでも買ってもらおうかな?(娘からの誕生日のプレゼントは図書券でした)  

2006/05/07

2006.5.7 -1424 「居南無 風流家の名刺を作りました」
 5日間の連休(4月の連休も入れれば7日も休みが続いたの)に、やったことといえば、スコーンを作っただけ。保田にいれば、いろいろやることがあって一日中動いているのに、東京に戻ると家人が何もかもやってくれるので、“濡れ落ち葉状態”になってしまいます。
 やはり、周りに頼りすぎていると自立できないことが良くわかります。
 今日は天気が悪く、外に出られなかった(出る気がしなかった)ので、パソコンで居南無 風流家の名刺を自作しました。作り方は至って簡単。年賀状作成ソフトで作ったレイアウトと先日作った表札のデザインを合体させて、名刺サイズに切れ込みの入った専用紙に印刷するだけです。
 プリント位置を正確に調整しなかったので、上下にずれてしまいましたが、それでも表は保田の海をバックに文字が浮き出ているし、裏には居南無 風流家の営業内容が記載されています。
 まだまだ夢物語の域を出ませんが、思わないことは実現しません。いえ、心の中で思っても、他人に表明しないことはなかなか実現しません。とにかく表明しておかないと、将来夢が実現した時、客観的に認知されません。
 誰に配るという当てのない名刺ですが、娘二人の机の上にそっと置いておきました。今、女房にも渡しましたが、反応は今ひとつ。じっと見ていましたが、ノーコメント。呆れているのかな?

2006/05/06

2006.5.6 -1425 「スコーンを焼く~杜海(フォレシー)のメニュー第1号~」
 居南無 風流家は、4年後の開業をめざしています。一番やりたいのは、ワンタン屋です。名前(屋号)は、“一舌(ワンタン)道 花恋(かれん)”に決めています。しかし、いきなりワンタンは、かなり危険。マイナーなメニューは、成算がありません。そこで、茶話処(さわどころ) 杜海(フォレシー)が生活の手段として必要になります。
 茶話処となれば、お茶にお菓子、紅茶にケーキ、コーヒーに...?はつきものです。そこで、お茶にも紅茶にもケーキにも合う食べ物ということで、スコーン(scones)に注目しました。
 題して、Hot a scone(ホット・ア<保田>・スコーン)。スコーン生地を使って、一工夫したいといろいろ考えながら、オリジナルメニューを確立したいと思っています。まだ、1400日以上あるから、100~200回は、試作できるはず。
 とりあえず、昨日今日と2回(少しレシピを変えて)作りましたが、二人の娘の評価はまぁまぁ。女房は、べた誉め。まぁ、タダで食べる人の評価が甘いのは、致し方ないところ。自己評価は“これでは出し物にならない!”ですが、簡単にできるので、出来たてを食べてもらえるし、お土産に持ち帰っても、温めなおせばおいしく食べられるスコ-ンは、まだまだ研究の余地があるメニューです。

2006/05/04

2006.5.4 -1427 「庭に植物を植える~土がない!?~」
 ゴールデンウィークは東京にいます。でも、2日の朝は保田にいたので、早く起きて、南天と木ヅタ、それに山から取ってきた雪ヤナギを植えました。
 ところが、土にスコップの先が触れた瞬間、ガツーン!手も痺れたが、心もショック状態でした。砂の中には石ころと瓦礫だらけで、土がありません。かろうじて、先だって草取りをした場所には、土がありました。そして、取った草は少し腐ってきました。そこで、穴を掘って(と言うよりは、石を取り除いて)腐った草と土を入れて、何とか植えることができました。
 今まで、どちらかといえば山寄りで暮らしてきたので、土はあるのが当たり前と思ってきました。居南無 風流家では、土は一から作るものなのですね。
 東京に戻って2日目。今日は、神代植物園に行きました。自転車で30分ちょっとです。自然は、風流家の周りの方があることはまちがいないのですが、安らぎの空間は東京に軍配が...多様化して相互依存が希薄になっている都会は、やはり暮らしやすいかも...でも、それは私が東京生まれの東京育ちだから?

2006/04/29

2006.4.29 -1432 「アクアライン経由のバスは便利!~だが、東京は人もクルマも大渋滞~」
 昨日、2週間ぶりに東京に帰って来ました。職場を早く出たので、袖ヶ浦バスターミナルから6時台の品川行きに乗ることができました。乗ってわずか15分で東京都の看板を通過!しかし、都内の首都高速は全部真っ赤の渋滞マーク。“空港中央から飯田橋まで90分”という表示が出ていたので、予定時間(50分)から大幅に遅れると思っていたのですが、品川行きは大井南で一般道に出るので、1時間ちょっとで到着。ホッとしたのもつかの間、品川駅は人人人の大混雑!
 山手線では、運良く目黒から座れたものの、混んでいる車内で立ったままノートパソコンを開いている人や、酔っ払ってしゃがみこんでいる人など、たった1ヶ月弱通勤地獄から離れていただけで、耐えられない不快感を感じました。
 高田馬場からの西武新宿線急行はもっと混んでいて、発車前のホームからすでにラッシュ状態。肩から大きなブリーフケースを掛けたまま週刊誌を読んでいる中年(50代?)を見るにつけ、不快感はピークに達しました。
 小学校から高校までの12年間と先月までの18年間東京のラッシュを経験してきたのですが、わずか1ヶ月のブランクでギブアップ!東京に帰ってくるのが億劫になりました。

2006/04/28

2006.4.28 -1433 「浜でお宝ゲット!~海岸は宝の山?~」
 毎朝、赤い帽子・赤いジャンバースタイルでゴミを拾って、半月以上になります。今までに、ゴミの他に龍の骨?とか石鹸台など、面白いものや使えるものを拾いました。が、今週ついに本当のお宝をゲットしました。
 それは、“-”の部分です。といっても、意味不明ですが、銅線で“101”と“1”は作ってみたのですが、どうしても“-”がうまく作れなくて、ドアの住居表示の製作を中断していることは、前にお話しました。ところが、海岸で“-”を見つけたのです。それは、渋い緑色のウニかヒトデの抜け殻?なのですが、“101“と“1”の間に入れる“-”の代わりになる“・”印としてすばらしいデザインでした。
 早速、“・”前後の数字を、銅線を曲げて作り、水曜日の朝、ドアに接着しました。覗き窓と“・”の位置を一直線に揃えたので、数字が真中に配置できず、ややバランスに欠けていますが、それでも、そのデザイン感覚の欠如をものともせず、“・”の存在が光っています。まさに“海の家”である居南無 風流家にふさわしい“・”です。
 それから、実はもう一つ、お宝をゲットしたのですが、これは秘密です。砂だらけだったので、きれいに洗ってしまってあります。1ヶ月足らずで、こんなに楽しい思いをさせてくれる保田の海岸は、まさに宝の山です。

2006/04/24

2006.4.24 -1437 「ドアはインディゴブルー ~ポストに居南無 風流家~」
 土日は、風流家でじっくり作業をしました。土曜が好天、日曜が雨との予報だったので、土曜日に玄関周り、日曜日に部屋の中で大工仕事と予定を立てて...
 土曜日は、春には珍しくすばらしく澄んだ空気で、富士山と伊豆大島が一日中くっきりはっきり見えました。早起きしてバイクで風に当たってきました。それはそれは、良い気分でした。さらに、志駒もみじロードという千葉県一のワインディングロードをゆっくり走って、マイバイクのラストランを楽しみました。
 実は、もう一台、バイク屋に1年以上動かないまま預けてあるバイクがあり、それを生き返らせるために、今のバイクを売る事にしたのです。
 午前中、目一杯遊んだので、午後は仕事です。前日にインディゴブルーの塗料を買っておいたので、早速塗ってみると、思ったより薄く明るい色だったので、ちょっとがっかり...しかし、全体を塗って、乾いてから見てみると、まぁ普通の青よりはまとものような気もしてきました。
 その後、ポストを磨いて、先週作った紙製の表札を貼って玄関周りは一応完成!本当は、ドアに住居表示(101-1)を付けたかったのですが、どうしても“-”の部分がうまく作れなくて、作業を中断しているので“一応”の完成というわけです。
 日曜日は、予定通り雨。2回の洋間を作業場にして、インターネットオークションで手に入れた電気ノコギリとドリルドライバーを駆使して、パソコンのテーブルと電子レンジの台を作りました。我ながらうまくできたと思いましたが、部屋に散乱(充満?)したノコ屑に気がついて呆然!製作時間より後片付けに時間を費やして、結局終了したのが午後8時。へとへとになって2日間の休日が終わってしまいました。

2006/04/16

2006.4.16 -1445 「名刺?~表札のようなものをデザインする~」
 週末の作業として、買出しと表札づくりをしました。
 買出しは、ドアの上塗りとして選んだ油性ペイントに紺色がないので、完結しませんでした。
 表札(ポストに貼る住居表示)は、Hot a Cleaner のトレードマークである赤い帽子を、デザインに取り入れようと思いましたが、絵心がないので、断念。結局、自転車でエアストリームを引っ張る有名な絵をパクリました。
 メインは“居南無 風流家”のロゴですが、これを「きょなん、フルハウス」と読んでもらうための工夫が必要です。英語表記ではどう書くのか?よくわかりませんが、Kyonum Fullhouse にしました。Kyonann は、ローマ字表記ですが漢字の読みとしては無理があります。むしろ、autumn のように Kyonumn とした方が、読みとしては一番近いかも? とにかく、“無”には m を当てたかったのです。
 まぁ、今度は、漢字で住所も名前も書きましたので、配達する人には親切だと思います。でも、ちょっと見は、大きなサイズの名刺のようで...いっそのこと、このデザインで名刺を作ろうかな?

2006/04/15

2006.4.15 -1446 「テレビのある生活は時間がない!~テレビがないから見えてくる~」
 二週間ぶりに東京に帰ってきました。久しぶりに、JEF千葉のテレビ中継(MXテレビ)があるので、午後4時から、テレビでサッカー観戦。それからは、テレビの前から離れられなくなりました。
 結局、寝るまでテレビ漬け。このパターンは週末の定番で、今までは何の疑問も感じませんでした。しかし、テレビのない風流家の週末を体験したら、テレビに時間を吸い取られてしまっているこの生活には、「明日を考える時間がない。」ことが、よくわかります。
 何もないと、「明日は、何をしよう?」と考えます。それに、日中は何か仕事をして体を動かしていますから、遅くない時間に眠くなってきます。「明日は、起きたら、〇〇をしよう!」と思いながら、眠りにつきます。実に、健康的な週末です。
 来週は、風流家の玄関ドアを紺色に塗って、ポストをリニューアルして...テレビがないから、やることがいっぱい!です。
2006.4.14 -1447 「表札を出す~居南無 風流家を掲げられず!~」
 仕事に少し慣れてくると、仕事が増えてくるものです。で、帰りが遅くなる。食べて寝るのがやっと。という状態が続き、ついに4日間も空けてしまいました。
 5日ぶりに書いているわけですが、どうも筆が先に進みません。
 
 風流家の玄関は、ドアがサビ止め塗料で赤錆色になったままです。それでも、離れて見れば、以前のサビだらけの白いドアよりはずっとまし。ですが、右側には、以前の表札を剥がした後がくっきり。左側のポストはステンレスですが、なんとなく不恰好というか殺風景なデザインです。
 そこで、仕事で使っていた、アリスの“猫”の下敷きを、表札代わりにしました。金色のバックに黒い目つきの悪そうな猫の絵。とても、表札のようには見えませんが、余白(余金?)に油性マジックで、名前と住所を書きました。
 本当は、“居南無 風流家”と書きたかったのですが、下敷きのデザインは“黒猫と英語の文字”なので、感じはちょっと似合いそうにありません。それに、居南無 風流家は、地元の人には、全く理解してもらっていませんので、いきなり書いても...は、言い訳で、やはり少し恥ずかしいのです。
 ドアに「101-1」の住居番号を貼った後、ポストをリニューアルする時、“居南無 風流家”をデビューさせるつもりです。